目の前から消えてしまうものほど美しいものですーその砂の行方の結末
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こんにちは、ともかです。家のそばの桜並木が満開を迎えています。満開に咲いた桜の木から、ひらひらと舞い落ちる花びらを見て、こんなにも綺麗に咲き誇っている桜を目の前にして、私はなぜ儚さや寂しさを感じているのだろうと思いました。

そんな時、ふとこのセリフをおもいだしたのです。

「目の前から消えてしまうものほど美しいものです」

このセリフは映画「光」の中で登場する短編映画「その砂の行方」の中に出てくるセリフです。

河瀬直美監督・脚本 映画「光」

弱視の写真家の男性【中森雅哉】(永瀬正敏:ながせまさとし)と音声ガイドを制作する女性【尾崎美佐子】(水崎綾女:みさきあやめ)との交流を描いた物語。

この映画の中で美佐子が音声ガイドの制作をしている映画が「その砂の行方」です。

この映画は人生において大切な物を手放すこと、そこに光があるのか・・・人生について考えさせられ、自分の人生も照らし合わせていく。深く心に残る映画でした。

大切な物を手放す・・・中森にとっては心臓でもあるカメラであり、美佐子にとっては父親、そして母親。重三にとっては時江である。

実際に手放すものは物や人なのかもしれないが、本当に手放すべきものは人々の心に住み着く執着と言う名の壁。

その壁を自分で乗り越えるからこそ人はその先にある希望の光を見つけることができる。

海岸の足跡

音声ガイドを制作する人:ディスクライバー

この映画をみるまでは、「ディスクライバー」という言葉を知りませんでした。音声ガイドの存在は知っていたので、誰かが制作しているのだな〜という程度の認識でした。

この作品の監督河瀬直美さんも、前作「あん」という映画の中で、音声ガイドに触れこの映画を制作しようと強く思ったそうです。

「映画ってさ、誰かの人生とつながるってことじゃない??」美佐子の上司であある智子が言ったセリフから、河瀬監督の想いが伝わってきます。

視覚障害者にとって、映画はすべて耳から入ってきた声や音を読み取って、頭の中で構成していくもの。ガイドとなる「単語」や「表現」に頼らなければならない。そのガイドが適切ではないと、その映画の世界は、本来監督が表現した世界とは別のものになってしまう恐れすらある。

それでは誰かの人生と繋らず、映画そのものが間違った解釈で理解されることになる。

現在、ディスクレイバーの仕事は視覚障害者を支援するNPO団体の方や翻訳や執筆を行う傍らに兼業されている方がほとんどだそうです。

普段から視覚障害者の人達と交流されている人や、言葉のプロではないと、表現できない難しい仕事。健常者としてだけの視点では、とうてい創造力に限界があると感じます。

この作中でのモニター会で中森が指摘した「これ全部君の主観だろ?はっきりいって今のままだと邪魔なだけだ」「おしつけがましい」というセリフ。

私たちはどうしても、相手の立場に立って物事を考えた気になって、実は何もわかっていないことがある。これが人間の「おごり」というものです。

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本編劇中に登場する短編映画「その砂の行方」

かつてサンドアートで活躍した吉原重三(藤竜也:ふじたつや)と認知症に冒された妻の時江(神野美鈴:かんのみすず)との物語。

重三は時江と共に人里離れた家で暮らすことに執着していた。認知症のために何度も外を徘徊する時江を、重三はその度に連れ戻す。ある日、時江が目の前から消えていた。20年ぶりに駅へと向かった重三。早朝の電車に乗ったという証言を元に、時江を追って海辺の街へたどり着く。どこまでも続く砂浜を時江を追いかけて進む重三。砂の斜面を登り、そこで重三が見たものとは・・・

「会いたいんです。抱き合っていてもまだ会いたいと思う。尽きないんだ、想いが尽きないんだよ。」と海辺で時江を求める重三に「砂にして・・・砂にして・・・」と返す時江。重三の手になびくスカーフと、砂で作られた女性の像が崩れ落ちる。

愛という執着を捨てた先に見えた光。

砂を握る手

私たちは完璧な存在ではない

河瀬監督が伝えたかったこと。永瀬さんが表現したかったこと。

私たちは自分が誰よりも優れていると思いがち。

おごりや執着がもしかしたら世界を壊してしまうかもしれないという感触すらある。

光は特別な人だけに届くわけではなく、おごりや執着を乗り越えた先には必ず光がある。

この映画は視覚障害者を理解すること以前に、自分を理解すること、それが何よりも大切だと教えてくれる。自分を認識して初めて、他人を理解することができる。それが愛する人であったり、大切な人である。

おわりに

私たちは「おごり」や「執着」をなかなか捨てられません。頭では理解しても、すぐに感情になされ、忘れてしまう。そして何かが起こって、また自分の至らなさに気がつく。

恋愛も同じですね。自分がきちんと言葉にしなくても、相手はわかってくれるはずだ、なんでわかってくれないんだ・・・自分はこんなにも想っているのに・・・このような自分勝手な考えを捨ててこそはじめて、相手と理解し合い、深く付き合っていくことができることを、まず学ばなければなりません。

そして手放すことで幸せになることもあり、手放すことで気づくこともあり、執着から離れてみることも1つの方法であることを考えていかなければなりません。

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